Tagged in: 経済活動

ASEAN経済共同活動は未だ発展途中

ASEAN(東南アジア諸国連合)はフィリピンが議長国を務める今年、50周年を迎えます。
1967年(ベトナム戦争の最中)に、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール及びタイの5か国により結成されました。
結成当初は(結成のタイミングも関係し)反コミュニスト連合国と見なされ、その体制も確立していました。
皮肉にも、25年後には周辺国の「ソーシャリスト」であるカンボジア、ラオス、ミャンマー及びベトナムもASEAN(東南アジア諸国連合)に加わりました。
その頃にはインドシナ戦争も終戦し、経済発展に向け改革を行っていました。
1984年には、石油産出国であるブルネイもまたASEAN(東南アジア諸国連合)に加わりました。
1990年代から圧倒的注目を浴びてきたASEAN10(10ヵ国による東南アジア諸国連合)は連合国内で協力体制を取り経済発展をしてきています。
いくつもの経済的補完プロジェクトがこの10年で行われてきました。
そして2007年にはAEC(東南アジア諸国連合経済共同体)設立に向けた政策の一環で、2015年までの工程表となるAEC(東南アジア諸国連合経済共同体)ブループリントが採択されることを明かしました。
ブループリントにより東南アジア諸国は以下の特徴を持ち、単一流通市場になる事となりました。

・物品の自由な移動
・サービスの自由な移動
・投資の自由な移動
・資本のより自由な移動
・労働力のより自由な移動

物品の自由な移動の基本要素は、1990年代半ばに締結したAFTA(東南アジア諸国連合自由貿易地域)です。
AFTA(東南アジア諸国連合自由貿易地域)によるアジア域内の貿易の自由化は2007年のATIGA(東南アジア諸国連合物品貿易協定)による、関税手続きの簡素化及び調和の確立により加速しました。
シングルウィンドウシステム(ASEAN内での輸出入を簡略化する事)導入もその一環です。
したがって、2010年ASEAN(東南アジア諸国連合)は関税率表の99・65%の物に対しAFTA(東南アジア諸国連合自由貿易地域)のオリジナルの国間(ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール及びタイ)の関税を、
廃止、又は0に近くなりました。
CLMV4(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)では98・86%の関税律表項目に、0〜5%の関税(この数字は初めASEAN内で考案されていたもの)を課すことにしました。
サービス、投資、資本及び労働力においては、ASEAN協力枠組協定及びASEAN投資協定が締結され、またASEAN資本市場の発展の為技術者や労働力の自由な動きなどが挙げられます。
ACE(東南アジア諸国連合経済共同体)ブループリントによりASEAN(東南アジア諸国連合)各国の経済は2015年には1つの大きな経済力になったと言えるのでしょうか。
答えは、いいえ、です。
2015年にはASEAN(東南アジア諸国連合)が一つの統合された経済力になったという宣言はされませんでした。
そのため、AEC(東南アジア諸国連合経済共同体)ブループリントから新たなAEC(東南アジア諸国連合経済共同体)ブループリント2025へ替わり、2015年から行われてきた様々な自由化を、更に有益なものにしようという取り組みが行われています。
また、ASEAN(東南アジア諸国連合)内の経済における最も重要な資本サービスの点でも、あまり進展がありませんでした。
したがって、資本に関する統合化は2020年まで一度立ち止まることになっており、国を発展させる為の銀行の自由化についても、もう一度考える余裕が与えられました。
ASEAN(東南アジア諸国連合)各国は明らかに、1997年から1998年のアジア経済危機、また2008年から2010年の世界的な経済危機を経験し、
様々な規制がされていない中、自由化しすぎる事は危険を伴うという事を学んだのでしょう。
何故完全な経済統合が見送られているのかについては、地域間の条約に対する食い違い、また、各国間においての解釈や施行に対する意見の食い違いなどが挙げられます。
ASEAN(東南アジア諸国連合)の当初の目的は、様々な自由化によりASEAN(東南アジア諸国連合)各国の経済発展を促す事でしたが、今まで述べてきた問題などによりそう簡単に実現してきませんでした。
ASEAN(東南アジア諸国連合)内の貿易の成長にもこの点は見受けられます。
下記の表を見て分かる通り、1990年代からASEAN(東南アジア諸国連合)内貿易はおおよそ25%に留まっており、これはヨーロッパ内貿易が60%、
北アメリカ内貿易(NAFTA)が50%なのに対しとても低いことがわかります。
さらに、それぞれのASEAN(東南アジア諸国連合)各国とそれ以外のアジア地域、アメリカ、ヨーロッパ等との貿易の方が盛んに行われています。

ASEANは、10の様々な経済発展過程の国の集まりです。シンガポールのGDPは$52,743なのに対し、カンボジア$1,198、フィリピン$2,850(asean.orgの統計に基づく)となっており、
シンガポールとカンボジアの間には他の8の国がランクインします。
この発展の差を埋めるには、資源を提供する事が必要です。しかしASEAN(東南アジア諸国連合)各国には他の国に与えられる資源が存在しません。
さらに、資源を分けるどころかASEAN(東南アジア諸国連合)内で他の国と経済発展の競争(主に被服、電気機器部品等の輸出競争が挙げられます)をしている国もあります。
シンガポールやマレーシアが経済成長をしているのに対し、他の国々の成長はストップしている為、ASEAN(東南アジア諸国連合)内の経済格差は広がるばかりです。
この状況をさらに複雑にしていることは、ヨーロッパがヨーロッパ以外の国との貿易を規制していることに対し、
ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々は、ASEAN(東南アジア諸国連合)以外の国と様々なFTA(自由貿易協定)を結んでいる事です。
ASEANが他国とのFTA(自由貿易協定)を結んでいる中、ASEAN(東南アジア諸国連合)内の国々も域外の国とFTA(自由貿易協定)を結んでいるのです。

結果として、ASEAN(東南アジア諸国連合)はASEAN(東南アジア諸国連合)+3(中国、日本及び韓国)、ASEAN(東南アジア諸国連合)+3+2(オーストラリア及びニュージーランド)等の複雑な形に変化してきています。
この事により、現在ASEAN(東南アジア諸国連合)はUNDP(国連開発計画)に基づき100以上の二国間FTA(自由貿易協定)を結んでいます。
ASEAN(東南アジア諸国連合)各国は、WTO(世界貿易機関)の自由貿易公約を大幅に上回る一方的な自由貿易を求めております。
例えば、インドネシア、フィリピン及びタイは、SAP(構造調整計画)に基づいて関税を大幅に下げ結果、IMF(国際通貨基金)につながりました。
したがって、MFN(最恵国)やASEAN(東南アジア諸国連合)の国々に課せられた様々な商品の関税は、実際にはAFTA(東南アジア諸国連合自由貿易地域)の関税より少しだけ高く、WTO(世界貿易機関)で定められたものよりかなり低い物でした。
この事が、なぜASEAN(東南アジア諸国連合)内の「FormD」(輸出入の際ASEAN(東南アジア諸国連合)の低い関税を利用する事)関連の貿易は全体のほんの5%に留まっていたのかを説明してくれます。
つまり、AFTA(東南アジア諸国連合自由貿易地域)が促進しているCEPT(共通効果特恵関税計画)ではインセンティブは発生しない事になります。
同時にFTA(自由貿易協定)に基づいた品物の自由な移動は、NTB(非関税障壁)のためASEAN(東南アジア諸国連合)のいくつかの国にとっては邪魔な物へとなっていきました。
最も知られている物では商品基準(様々な基準が設けられたため、商品の市場参入が厳しくなった)、
政府規制、その為に技術規制等が挙げられます。
ASEAN(東南アジア諸国連合)の開放経済における関税と規制には、貿易ダンピングと密輸が最も危険であると言えます。
しかし一方で、マレーシアとシンガポールの関税は低いのですが数々の製品規制、技術規制により不要な輸入を防いでいます。
全体的に見て、ASEAN(東南アジア諸国連合)は多方面においてまだ発展途中ではありますが、様々な統合、または自由化によって地域、国レベルで経済が開けてきている事は確かです。
この自由化が始まった1980年代から1990年代にかけ確実な経済成長は見受けられました。
ASEAN(東南アジア諸国連合)外(主にオーストラリア、中国、日本、韓国、北アメリカ及びヨーロッパ)から輸入された珍しい品が現在ではASEAN(東南アジア諸国連合)各国のスーパーマーケットの棚に並んでいます。
この事によりASEAN(東南アジア諸国連合)の人々が買い物をする際、様々な選択肢が出来ました。
政府関係者、ビジネス関係者、または旅行者によるASEAN(東南アジア諸国連合)内の訪問も増えました。
同様に移民労働者も増えています。
これにはASEAN(東南アジア諸国連合)内の移動にビザが必要ない(21日間以内の場合)ことも関係しています。
航空移動が以前より安くなったことも挙げられるでしょう。

ASEAN(東南アジア諸国連合)と経済統合政策についてはまだまだ改善、発展の余地があります。